シニア世代の音楽

数年前に、『題名のない音楽会』という番組で、
イタリアの作曲家、ベルディの建てた「音楽家憩の家」が紹介された。
音楽家の為の老人ホーム、のようなものだ。

そこに住む高齢者に会いに、
若い子達が音楽を習いに来るシーンが印象的だった。

施設にいたら、お客さんの訪問は本当に嬉しいものだろう。
逆に生徒は、ベテランの先生に習えるなんて、得る物も大きいだろう。
両方にメリットがあるってすごいアイディアだなー。
私も死ぬまで音楽家でいたいな…
そんな風に思った。

さて
そんな私も、シニア世代の音楽活動を10年ほど担当させて頂いた事がある。

そして、ひとり、忘れられない人がいる。

メンバーの全員が子育てを終えた年代、最高齢は80代だった。
すごくアットホームな雰囲気の団体で、
バリバリ歌をうたっていこう!というよりは、
仲間に会って「お茶飲み会」を兼ねているような、練習だった。

一年に一度、発表会があって、
市内のコーラスグループと合同で発表した。

他のグループは皆、楽譜を片手に歌っていたけれど、
うちのグループだけは、いつも暗譜で臨んだ。

皆、初めの一回は、
「暗譜なんて無理」と、
娘や孫のような年齢の私にブーブー言っていたけど、
曲が完成した時の達成感、周りからの賞賛、一体感、最後に爽快感…
いつしか、うちのコーラスの定番となった。

その様子に影響されてか、
合同発表会では、
同じように暗譜の発表に切り替えたグループすら出てきた。

練習ではいつもカセットテープを持参していた。
(シニア世代だから、アナログ機材しか使えない)

私がパートごとに録音した音を、家でも練習してくれた。
毎晩寝る前や、家事をしながら…。
強要した訳じゃないのに、自主的に練習してくれた。

お茶飲み会を兼ねている、ゆる~いコーラスとは思えない熱心さだった。
音を、歌詞を、全員一人残らず覚えてくれた。

その位、皆歌を愛してくれた。

思い起こしても素晴らしい女性3部合唱だったと思う。
いつもの母や妻が、舞台でドレスを着て、美しい音楽を紡いでいる
そんな様子に、客席の家族はどれだけ感動した事だろう。

その女性は、当時70代だったと思う。
近所の友達と一緒に、週に一度の練習会に参加していた。

だけど、練習会の時間は、夜だった。
年配の女性達が外出するには遅すぎる時間だった。

まず、友達の方が練習会に通えなくなってしまった。
すると一緒に練習に来ていたその女性も
「独りで夜道は心細い」
とコーラスを去ってしまった。

その年、彼女から頂いた年賀状には
「コーラスがなくなり、寂しくなりました」と一言、
ぽつりと手書きで書いてあった。

そして次の年、亡くなってしまった。
コーラスをやめて、間もなくボケてしまった、とも後から聞いた。

コーラスやめなかったら、元気だったんじゃないかな、
と今も思えてならない。

目に見えないものは支持を得難い。
「脳の体操」と言われても、実際に自分の脳が動いている様子は分からない。
「病は氣から」と本当の意味で信じてる人は少ない。

だけどやっぱり、元気になるには
薬局で売っている丸い粒の薬ではない、
目に見えない薬があるんだと思う。

音楽をする事は単なる脳の運動だけではない。
心が動くから。
ワクワクしたりドキドキしたり、嬉しかったり…。

べつに音楽じゃなくてもいいんだ。
スポーツでも、手芸とかでも、友達と会うことでも、なんでもいい。
毎日がキラキラする事は、受動態で居たら、やってこない。
意思を動かして、体も動きたくなって、能動的に一歩を踏み出す必要がある。

私はおばあちゃんになってもピアノを弾いて
ショパンやベートーヴェンとおしゃべりしながら、
訪ねてきてくれた人には、お茶と一緒に音楽を演奏してあげたいな、って思ってる。

ちなみに、歌や合唱は思いっきり声を出せるから、
とても気持ちがいいものですよ。(^_^)

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